大判例

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名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)42号 判決 1971年11月30日

控訴人(被控訴人) 宗教法人 光明寺

右代表者代表役員 大野祥賢

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 上井源次

控訴人(被控訴人) 伊藤やあ

右訴訟代理人弁護士 浦田益之

被控訴人 田中重男

<ほか八〇名>

右八一名訴訟代理人弁護士 下山田行雄

同 岡部琢郎

主文

控訴人宗教法人光明寺、同今井鋭二の被控訴人伊藤やあ、同田中重男以下八一名に対する本件控訴、控訴人伊藤やあの被控訴人宗教法人光明寺、同今井鋭二、同田中重男以下八一名に対する本件控訴を各棄却する。

控訴人宗教法人光明寺、同今井鋭二の控訴によって生じた費用は同控訴人らの、控訴人伊藤やあの控訴によって生じた費用は同控訴人の負担とする。

事実

以下において、控訴人宗教法人光明寺、同今井鋭二は、被控訴人伊藤やあ、同田中重男ら八一名に対する控訴人であるが第一審の被告、参加被告であるから単に被告と表示し、控訴人伊藤やあは被控訴人田中重男ら八一名同宗教法人光明寺、同今井鋭二に対する控訴人であるが第一審の参加人、参加被告であるため単に参加人と表示し、被控訴人田中重男ら八一名は控訴人宗教法人光明寺、同今井鋭二、同伊藤やあの被控訴人であるが第一審の原告、参加被告であるため単に原告と表示する。

被告光明寺、同今井鋭二は、原判決中、同被告ら敗訴の部分を取消す、原告田中重男ら八一名の被告光明寺、同今井鋭二に対する各請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも、原告田中重男ら八一名と被告光明寺、同今井鋭二間に生じた分は右原告らの、参加人伊藤やあと被告光明寺、同今井鋭二間に生じた分は右参加人の負担とする、との判決を求め、参加人伊藤やあは、原判決中同参加人敗訴部分を取消す。同参加人と原告田中重男ら八一名、被告光明寺、同今井鋭二間において原判決添付第一物件目録、第一、第二、第三記載の各山林、同第二物件目録第一、第二、第三記載の各立木が同参加人の所有であることを確認する、訴訟費用は第一、二審とも原告田中重男ら八一名、被告光明寺、同今井鋭二の負担とするとの判決を求め、参加人伊藤やあは被告光明寺、同今井鋭二の本件控訴を、原告田中重男ら八一名は被告光明寺、同今井鋭二及び参加人伊藤やあの本件控訴を各棄却するとの判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

本件事案に対する原審の事実認定と判断は原判決掲記の各証拠による当裁判所の事実認定、判断と一致する、即ち原判決添付第一物件目録記載の本件山林は、その地盤はもとより立木等一切のものを含め、先祖代々原告ら八一名を構成員とする実在的総合人というべき鷲巣部落民が永年の慣行、規律によっていわゆる入会権として総有してきたものであって、明治二二年六月三〇日、登記簿上当時の庄屋田中喜平治に売買を理由にその所有権移転登記がなされ、ついでその相続人たる田中準三、田中誠を経て、昭和一八年三月二九日、寄付を理由に被告光明寺にその所有権移転登記がなされたのは、前者は当時の鷲巣村が合併されて上多度村となるに際し上多度村に吸収されて入会権がなくなるのを防ぐ目的で、又後者はいつまでも田中家という個人名義にしておいては将来に於て混乱の生ずるのを防ぐためと、現行法制上、かかる入会権をそのまま登記簿上に表現する方法がないため採られた措置であって、権利そのものは従前と何ら渝らず従って田中喜平治や被告光明寺はこれを自由に処分できる所有権を取得したものではなく、被告光明寺がこれを被告今井に売却したのは処分できない権利を処分したもので無効であり、これが有効なことを前提に更に参加人らになされた権利移転は無効であるという原審の判断は相当であるから、原判決の理由全部(但し、原審参加人中林重太郎に関係ある部分を除く)をここに引用する。≪証拠判断省略≫

尚次の説明、訂正を行う。

1、被告光明寺、同今井の代理人は、執拗に原告らが入会権を得た原因は何か、徳川時代以前には原告らに入会権はなかったと主張しこの主張には薬師山は昔から光明寺のものであったという趣旨を含むものと解されるので説明を加うるに、≪証拠省略≫によれば、現在の被告光明寺は、従来は単なる薬師堂という堂宇に過ぎなかったものを昭和一七年大野祥山が寺号をもつ寺院にせんことを望み財産として本件山林の寄付をうけたものとの虚偽の形式を整え、所定の手続を経て光明寺という寺号を許されたということが認められるに過ぎず、昔いかなる形態の光明寺という寺院があったにせよそれと現在のものとは法律上の同一性を有するものでなく、かつ本件山林が昔から光明寺のものであったという証明は全くないのみならず、原告田中孝方にあった地券には本件山林が鷲巣村の一村総持と明記され、従来より入会権として確立されていたことが証明されるから、更にそれより遡り、いつから、いかなる原因で原告らの先祖が本件入会権を得たかを探究する必要は全くないので、この主張は採用できない。入会権というのは人間の生活上の知恵で特定の山林を個人の所有とせず、村又は部落又はそれを構成する人々の総有とし一定の範囲で柴、薪、木材等の毛上を入手するという永年にわたる慣行を物権として認めるものであって、その資格者が権利を行使するのは当然であって前記地券は当時既にこの権利が確立していたことを証明して余りあり、これを否定せんとする被告らの主張は採用の余地がない。

2、参加人伊藤は、≪証拠省略≫によって明治二二年六月三〇日田中喜平治が当時の鷲巣村戸長安田弥兵から受けた権利は実際上の権利だと重ねて主張しているが、これは前記のように当裁判所の引用する原判決が説明しているように鷲巣村が上多度村に合併される際入会権が吸収されてなくなってしまうのを防ぐため登記簿上田中喜平治名義に所有権移転登記をなしたに過ぎず、実体上の所有権を移したものでないから、これを普通の所有権移転だという同参加人の主張は採用の余地がない。

3、参加人伊藤の民法九四条二項の適用ありという主張について。

不動産の物権の得喪変更は登記を以て対抗要件としているわが法制上、入会権がその例外をなし登記なくして第三者に対抗できるとしていることが取引の安全を害し、一面入会権者の権利の証明をも困難にさせているという参加人伊藤の主張は傾聴に値し、当裁判所も不動産登記法の改正又は解釈の補充で登記簿上、入会権の存在を公示した方がよくないかと考えることもあるが入会権の内容は慣行上から来ていて種々様々で権利者の出入りもありその凡てを公示するのが不適当、かつ不可能でないかと考えられるのと入会権というのは取引も余り頻繁でない地方農村にあるものが多く、地域も広大なものが多いから、かかるものを取引せんとする第三者が取引に当りよく注意すれば不測の損害を免れる場合が多いしその程度の注意をこの第三者に要求することはそれ程酷でないと考えられるので登記なくして第三者に対抗できるという取扱いは必ずしも不合理ではない。このことは通謀虚偽表示の無効を善意の第三者に対抗できないと規定した民法九四条二項はこの場合に適用がないという原裁判所並に当裁判所の考え方に通ずるもので、原告ら又はその先代が、入会権という権利の実体の表現とは異る普通の所有権の移転登記を田中喜平治、従って又その相続人或は被告光明寺のためになしたことは一種の通謀虚偽表示となり、それが取引の安全を害することがないとはいえないが入会権の取引は今でもそれ程頻繁でない特殊事情に鑑み当裁判所の引用する原判決が説明しているように現行法制上、本件のような登記が広く行われている登記面上のことでなく、現地等においてより積極的に通謀虚偽表示を作為した場合に限り民法九四条二項を適用するというのは妥当なことであり、こうしたものを取引する第三者は単に登記面のみでなく、それ以外の事情があってその実体を見抜けず取引に参加したのは無理でなく、保護さるべきだという場合に限って民法九四条二項を適用してよいのである。これを本件について見るに、≪証拠省略≫によるも、原告らは登記原因を証するためやむを得ず作成した乙四号証、寺号取得のため作成した乙二号証以外に現地において被告、参加人らの判断を誤らせるような積極的な行為をなした事実は認められないのであるから、むしろこれを取引せんとする被告今井や参加人伊藤の方でより慎重に調査して取引に入ってよいと要求することは決して無理でないというべく、本件は民法九四条二項が適用さるべき場合でないというのを相当とするといわねばならない。被告今井や参加人伊藤にこの程度の慎重さを要求することが不合理でないことは、≪証拠省略≫によれば、被告今井の前者平野五郎は、これが紛争中の物件であると知らされて、逸早く取引から手を引いているのに、被告今井は取引に先立ち現場へ行き風倒木が持去られているのを現認し、そこに必ず複雑な問題のあること推認しながら敢てこれに深入りして取引に入っていることが認められるのでかかる取引者である被告今井に民法九四条二項を適用しなくてよいことは勿論、被告今井から中林を経て取引を受けた参加人伊藤は時間的には更にその後のことであって、調査しようと思えばいくらも出来たのであり、同参加人がかかる紛争を全く知らずに介入した善意の第三者であるとは≪証拠省略≫からいって到底認められないから同参加人についても民法九四条二項を適用すべきでないというのが相当である。従ってこの点に関する各主張は何れも採用の限りでない。

4、原判決添付の当事者目録にある原告のうち、本判決添付当事者目録記載のとおり一部の者に名前の誤記や死亡による相続等があり、入会規約によって原告たる地位の承継のあったことが≪証拠省略≫によって認められるので原告の氏名を本判決添付の当事者目録のごとく訂正し又脱退、死亡、参加による関係を明らかにする。

5、原判決七八頁一〇行目の「喜樹」を「嘉樹」と訂正し、同一〇七頁三行目の「原告らは」の次に「被告光明寺」と挿入し、同一〇八頁最終行の「実体的」を「実在的」と訂正する、なお、原判決七七頁から七八頁にかけて原判決があげる証拠に「原告本人田中定一の供述により成立が認められる甲五号証」を加える。

されば被告、参加人らの本件控訴は理由がないので民訴法三八四条一項によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥村義雄 裁判官 廣瀬友信 菊地博)

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